ストレスチェックの効果的な活用方法と具体的な実践例

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2015年12月、労働安全衛生法の改正によりストレスチェック制度が開始されました。こころの健康診断とも呼ばれるストレスチェック制度がはじまった背景には、仕事によるストレスが原因で精神障害を発症し労災認定される労働者の増加や、約6割の労働者が強いストレスを感じているという現状がありました。

この制度は、労働者自身のストレスへの気づきを促すとともに、職場のストレス要因を把握し改善につなげることで、メンタルヘルス不調を未然に防止することを目的としています。

しかし、制度の運用が形骸化し、本来の目的を達成できていない企業も少なくありません。年1回のストレスチェックを実施するだけでは、メンタルヘルス対策としての実効性は乏しいのが実情です。ストレスチェックを入り口に、組織的・継続的な取り組みを進めていくことが肝要であり、そのためには労務担当者の戦略的な関与が不可欠と言えるでしょう。

本記事では、労務管理の視点から、ストレスチェックを効果的に運用し、メンタルヘルス対策の要として機能させるためのポイントを解説します。

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目次

ストレスチェックの運用における課題と対策

ストレスチェックとは、正式名称として「心理的な負担の程度を把握するための検査」と「その結果に基づく石による面接指導等を内容とする制度」をあわせた健康管理のことを指します。

制度開始から5年が経過した2022年には厚生労働省による実態調査※が行われ、メンタルヘルス対策として有意な改善がみられる職場がある一方で、運用上の課題があることも明らかになりました。ここで運用上の課題とその対策についてご紹介しておきます。

※厚生労働省『ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて』

https://www.mhlw.go.jp/content/000917251.pdf#page=4

受検率向上の工夫

ストレスチェックの受検は労働者の義務として規定されておらず、強制的に全員を受検させることはできません。(健康診断の受診義務は労働安全衛生法第66条5項によって定められています)

従業員がストレスチェックを受検しない理由は主に4つあります。

  • 理由① 忙しくて受検する時間がとれない
  • 理由② 検査結果を上司に知られてしまう(という誤解)
  • 理由③ うつ病検査である(という誤解)
  • 理由④ 検査の日本語がわからない

ストレスチェックの受検率の目安は「80%以上」です。これは集団分析の正確性や職場環境改善の有効性を担保するうえで必要な受検率となります。受検率80%未満となる企業では上記の受検しない理由が複数組み合わさっている特徴が見られます。

理由①の多忙を理由に受検しないことへの対策は、上司・管理職から部下へ受検勧奨を行うことです。ストレスチェックの受検にかかる時間は5〜10分以内と短いため、「自身のストレス状況振り返る良い機会なので◯日までに受検するように」と声がけをしてもらうだけでも、受検率は改善します。

理由②と理由③の誤解を理由に受検しないことへの対策は、人事労務からストレスチェック制度の説明会を実施することです。「ストレスチェックの結果は本人が同意しない限り、上司や経営者に開示されないこと」や、「本人の病気を検査するのではなく、職場のストレス要因を把握することが目的」という2点を適切に伝えることで、誤解が解け受検率の改善につながります。

理由④の言語の問題は、外国籍や障害をもつ従業員に発生する課題であり、受検したとしても正確な回答にならないケースも現れます。厚生労働省では外国語版の調査票や受検案内文が用意されているので、必要に応じて活用しておきましょう。

ストレスチェックの外国版調査票等 :https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html

高ストレス者への面談勧奨

ストレスチェック検査により高ストレス判定を受けた従業員(高ストレス者)へのフォローは、ストレスチェック制度の生命線と言えます。高ストレス者に対しては、産業医等による面談を実施し、メンタルヘルス不調を早期発見・早期対応することが重要です。ところが、産業医面談は労働者からの申出が前提であり、申出率が低いために産業医面談が実施されないことが課題です。

参考として「Carely健康管理クラウド」によるストレスチェックの統計データでは、高ストレス者率は平均して約12%、そのうち産業医面談の申し出率は約10%となります。そのため、高ストレス者の9割はフォローが不十分である可能性が高いのです。

産業医面談の申し出率を高めるには、ストレスチェックの結果通知のタイミングの受診勧奨が重要です。

  • 面談の目的・申出方法・面談内容が上司に伝わらないことなどを明記する
  • 産業医面談の申出窓口を社内の相談窓口と一本化する
  • 実施事務従事者により声掛けする

一方で、産業医面談の申出がなかった高ストレス者に対して、何のフォローも行わず放置することは安全配慮義務の観点から望ましくありません。

  • ストレスチェック以外の理由(例.長時間労働・勤怠不良)による面談を設ける
  • 定期的に面談勧奨を行い、その記録を残しておく

高ストレス者であるかどうかは、本人の同意なく上司や人事権を有する者(人事部長・役員等)には開示できません。そのため、面談勧奨する手段は限られてしまうため、次に紹介する集団分析の活用をいかに実行できるかが肝要です。

集団分析結果の活用

集団分析とは、ストレスチェックの結果を個人単位ではなく属性別に集計し、職場環境に共通する健康リスクを分析するためのレポートです。部署ごとの集計だけでなく、年齢別・性別・役職別・在職年数別など様々な切り口で集計することにより、どのようなストレス要因が職場や業務によって引き起こされているのかを発見しやすくなります。

https://www.mhlw.go.jp/content/000917251.pdf#page=5

ストレスチェックを実施た事業場のうち85%以上が集団分析を実施しているものの、残念ながらその分析結果を現場にフィードバックし、職場環境改善に活かすケースは半分程度にとどまっているのが現状です。

ストレスチェックの個人結果や高ストレス判定の有無は、社内でもごく限られた担当者しか利用することができない健康情報であるため、集団分析の結果についても限られた担当者間だけに共有されているのです。しかし、集団分析は個人が特定できないように集団化された結果であるため、管理職にこそ共有し活用されるべき情報です。

  • ストレスチェック実施後に、管理職向けの読み解き方講座を開催する
  • 産業保健スタッフがそれぞれの部署の結果や解釈を伝え、改善策の立案をサポートする
  • 課題のある部署については、人事部門も交えて人材配置や制度面を含めて議論を行う

など多角的なアプローチを検討することが集団分析を現場にフィードバックすることになります。職場の改善に役立てていく管理職のマインドセットを醸成することは、労務担当者に求められる重要な役割と言えます。

50人未満の事業場を含めたストレスチェックの実施

ストレスチェックの実施義務は、常時雇用する労働者が50人以上の事業場となっており、50人未満の事業場では努力義務とされています。そのため、小規模な事業場を多数抱える小売・サービス業や人材派遣業では、一部の従業員しかストレスチェックを受検していない状況になります。

ストレスチェックの目的である、労働者自身の気づきを促し、職場のストレス要因を把握し改善することで、メンタルヘルス不調を未然に防止することを鑑みると、50人未満の事業場も含めた企業全体としてのストレスチェックの実施が求められています。

高ストレス者との産業医面談や集団分析は、職場や業務が抱える根本的な働き方の課題を知るきっかけとなります。労働時間の適正化や業務の棚卸しによる働き方の見直し、コミュニケーション活性化のための研修、相談体制の拡充など。これら多角的な施策を実行する際の根拠データとなりうるため、労務管理の立場からは、小規模事業場も含めた全従業員へのストレスチェックの実施を目指していただきたいです。

ストレスチェックと組織的なメンタルヘルス対策の融合

ここまでストレスチェックの運用をいかに効果的にするかについて解説してきましたが、さらなる進化としてメンタルヘルス対策との有機的な連動を考えていきましょう。

日本におけるメンタルヘルス対策は、世界的なメンタルヘルス対策の潮流とは異なる点が見られます。

日本のメンタルヘルス対策世界のメンタルヘルス対策
メンタルヘルス不調の要因本人の特性やプライベートな事情に注目する業務の特性や職場や制度による影響に注目する
予防としての介入対象ハイリスクな個人ごとに介入するリスク者の多い部門や業務へ組織的に介入する
支援者の存在セルフケアが中心であり、個人で病院やクリニックの治療を受ける企業として相談窓口やマインドフルネスの機会を提供する

もっとも大きな違いは、メンタルヘルス不調の原因と解決策を、個人を中心に捉えているか組織を中心に捉えているかです。ストレスチェックにおける職場環境改善とは、職場の物理的なレイアウト・労働時間・作業方法・人間関係・勤務制度などを改善することで、ストレスを軽減しメンタルヘルスの未然予防を実現しようとする方法です。

組織的なメンタルヘルス対策のポイントとして、アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)では次のようなポイントを挙げています。

  1. 過大あるいは過小な仕事量を避け、仕事量に合わせた作業ペースの調整ができること
  2. 労働者の社会生活に合わせて勤務形態の配慮がなされていること
  3. 仕事の役割や責任が明確であること
  4. 仕事の将来や昇進・昇級の機会が明確であること
  5. 職場でよい人間関係が保たれていること
  6. 仕事の意義が明確にされ、やる気を刺激し、労働者の技術を活用するようにデザインされること
  7. 職場での意志決定への参加の機会があること

これらのポイントをおさえた職場環境改善のアクションプランについては、次に具体的に紹介していきます。

労務担当者がメンタルヘルス対策を戦略的に実行するためには、ストレスチェックの受検率を高め、集団分析結果を管理職に共有するだけではまだ道半ばとなります。メンタルヘルス不調者の発生やそれに伴う生産性の低下は、多くの企業で経営課題になっています。そのためメンタルヘルス対策には、経営トップのコミットメントを引き出したうえで、部門を横断した全社的な取り組み体制を構築することが前提となり、労務担当者にはそれらの活動をプロデュースする役割が求められています。

職場環境改善の具体的なアクションプラン

ストレスチェック、そして集団分析の結果から見えてきた課題を解決に導くには、職場環境改善のための具体的なアクションが欠かせません。メンタルヘルス対策のポイントを踏まえて、労務の視点からのアクションプランを提案します。

↑図内左側の「仕事の負担」と「仕事の資源」は、ストレスチェックの集団分析から見える職場環境の課題

「仕事の負担」に対するアクション

まずストレスチェックから可視化されるもっとも大きなストレス要因が、「仕事の負担」です。たとえば、仕事の量が多い・クレーム処理など情緒的に負荷が高い・作業スペースが十分に確保されていないなどが仕事の負担にあたります。これらは管理職としての労務管理を徹底することで軽減することが可能です。

  • 計画的に休暇がとれるように、時間単位の有給取得やインターバル勤務制度を導入する
  • 同僚間のコミュニケーションが円滑になるようなチャットツールやイベントを開催する
  • 顧客トラブル対応時に、組織的な支援がとれる情報共有体制を整える
  • 作業の標準化を進め、メンバー各自の作業範囲や役割を明示する

これらはメンタルヘルス対策となるだけではなく、生産性向上の取り組みにも通じているため、実行する意義を説明しやすいアクションになります。集団分析の結果から仕事の負担が高いことが課題である部署・拠点は、まずここから職場環境改善を進めてください。

「作業レベルの仕事の資源」に対するアクション

どのような仕事であれ多かれ少なかれ仕事の負担は常に発生するものです。仕事の負担は高かったとしても、業務スケジュールの裁量権がある・自身の資格や技能が有効に使える・昇進への機会が明確にあるなど「作業レベルの仕事の資源」が整っている場合には、仕事の負担を緩和することにつながります。

  • 必要な情報が伝わりやすいよう、オンライン会議や資料配布の方法を工夫する
  • 職場のローテーションを行い、新たな知識や技術を学ぶ機会を設ける
  • 個人のスキルや能力を可視化・分析し、適正な職務に配置する
  • 資格取得を推奨し、受験費用の補助制度などを整備する

これらは特に専門的な資格や技術を必要とする職種(エンジニア・研究者・士業)にとっては、離職要因とも重なる項目でもあります。集団分析では職種や役職の違いに着目して、作業レベルの仕事の資源に課題がある場合には改善に取り組みましょう。

「部署レベルの仕事の資源」に対するアクション

仕事に関わるストレスの多くは、上司との関係性によって発生し、上司の行動によって解決できることです。上司が働き方を気にかけているか・公正な態度でメンバーと接しているか・失敗(チャレンジ)を認める心理的安全性は高いかなど、「部署レベルの仕事の資源」が低い場合のアクションプランを紹介しておきます。

  • 成果による表彰や、チャレンジしたことを褒めるなど、モチベーション向上を図る
  • 必要に応じてスタッフの異動や補充によって、業務の負担を適正化する
  • 経営陣からの、経営の方向性や仕事の見通しを伝える頻度を増やす
  • 管理職の代行(補佐)を設置し、ボトムアップな活動を支援する

このようなアクションを上司・管理職が起こすためには、会社として管理職に十分な予算や権限を渡したり、人員配置や勤務制度の柔軟性をあらかじめ高めておく必要があります。また、管理職自身のストレス度合いが高い部署では部署レベルの仕事の資源が低く、部下のストレス度合いも高まりやすいことにも留意が必要です。

「企業レベルの仕事の資源」に対するアクション

直接的なストレス要因になることは少ないものの、経営者との信頼関係・公平な人事評価・キャリア展望・ダイバーシティへの対応などは「企業レベル(事業場レベル)の仕事の資源」として集団分析から計測できます。ストレス要因にはなりませんが、組織的なメンタルヘルス対策として予防効果が高いとされているアクションとなります。

  • 部門レベルの目標、個人レベルの目標の整合性がとれる評価基準を見える化する
  • 業務に対するフィードバックを適切に行えるよう、1on1や部長会議を整備する
  • 健康経営など全社的な活動に、従業員に企画会議から参加してもらう
  • 育児・介護や、病気の治療をふまえた、特別休暇の制度を見直す

以上がストレスチェックの集団分析をきっかけに実行できる、職場環境改善のアクションプランです。これらのアクションがすべての企業・事業場に当てはまるというわけではなく、集団分析の結果を見て自社の課題に基づいてアクションを選んでください。

おわりに

ストレスチェックは、メンタルヘルス対策の目的地ではなく、あくまで出発点に過ぎません。この取り組みを入口に、「働きやすい職場づくり」を加速させていくことが、私たち労務担当者に課せられた使命と言えるでしょう。

社員一人ひとりがいきいきと活躍できる職場を実現するには、ストレスチェック結果を経営戦略や人事施策に落とし込む構想力と実行力が問われます。そのためには、人事労務の視点に加え、産業保健の知見、そして現場の声に耳を澄ます感度が欠かせません。部門の垣根を越えて社内外の英知を結集し、働く人の心身の健康を守るための施策を構築・展開していく。これからのイノベーティブな労務担当者に求められる役割は、従来の枠を大きく超えていくに違いありません。

本記事で解説した、ストレスチェックの運用改善から職場環境改善のアクションプランを参考にしていただくことで、あなたの会社が持続的に成長できる体制が築けることを願っています。

執筆者情報

【執筆者プロフィール】

小川 剛史

株式会社iCARE シニアコンサルタント / 健康経営アドバイザー
大学在学時より、不動産・教育・保険・健康食品などの事業にコピーライターとして参画。

現職では、企業の産業保健・健康経営をテーマとした日本最大規模のオンラインメディアを立ち上げる。自身が登壇するセミナーの視聴企業数は延べ2万社を超え、上場企業を対象とした「健康経営の高度化コンサルティング」では経営層と産業保健スタッフの双方から高い評価を得ている。

株式会社iCARE:https://www.icare-carely.co.jp/

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