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年次有給休暇に対する時季変更権の行使が違法ではないとされた事例
年次有給休暇(以下、年休)は従業員の大切な権利であり、企業にはその取得率の向上が求められています。一方で、事業の正常な運営を妨げる場合、企業には時季変更権が認められています。しかし、この時季変更権の行使が適切かどうかは、しばしば議論の的となります。
今回は、新幹線運転士の年休取得に関する裁判例を紹介します。この事例は、年休の時季変更権の行使が適法とされた裁判例(東海旅客鉄道事件 東京高裁(令和6年2月28日)判決)です。
事件の概要
本件は、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)の新幹線運転士らが、会社による年休の時季変更権の行使が違法であるとして提訴した事案です。原告らは、会社が各勤務日の5日前に時季変更権を行使したことが労働契約上の債務不履行に当たるとして、損害賠償を求めました。
第一審の東京地方裁判所は原告らの請求を一部認容しましたが、控訴審の東京高等裁判所は会社側の主張を認め、原判決を変更して原告らの請求を棄却しました。
裁判所の判断
東京高等裁判所は、以下の点を中心に会社の時季変更権行使が適法であると判断しました。
時季変更権の行使時期
裁判所は、会社が勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについて、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてなされたものではないと判断しました。
この判断の背景には、以下のような事情があります。
- 東海道新幹線の運行は日本の社会・経済の維持、発展に必要不可欠な産業基盤であること
- 新幹線の乗務員の業務は専門性が高く、安全確保が重視されること
- 臨時列車の運行など、需要に応じて機動的に対応する必要があること
- 乗務員の行路(勤務スケジュール)の変更には広範な調整が必要となること
これらの事情を考慮すると、勤務日の5日前という時期に時季変更権を行使することには合理性があると判断されました。
恒常的な要員不足の有無
原告らは、会社が恒常的な要員不足の状態で時季変更権を行使したと主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。
裁判所は、以下の点を考慮して判断を下しました。
- 会社が基準人員に基づいて年度当初の配置要員数を決定していたこと
- 年度中の乗務員数の推移を踏まえて業務量を調整していたこと
- 休日勤務の指定や予備担当乗務員の活用など、代替要員確保のための措置を講じていたこと
- 乗務員の年休取得実績が一定の水準を満たしていたこと
これらの事実から、会社が恒常的な要員不足の状態にあったとは認められないと判断されました。
年休使用日の公休または特休への振替
裁判所は、年休使用日を公休または特休に指定することは労働基準法39条5項に違反しないと判断しました。その理由として、以下の点が挙げられています。
- 公休や特休も年休と同様に、有給で就労義務を免除されるという効果がある
- 年休使用日が公休または特休に指定されることで労働者に実質的な不利益は生じない
配慮義務違反の有無
裁判所は、会社の時季変更権行使が配慮義務に違反したとは認められないと判断しました。その理由として、以下の点が挙げられています:
- 会社は年休取得者の代替要員確保のための調整を実施していた
- 可能な限り臨時列車の運行数を抑制する努力をしていた
- 年休順位制度に基づいて公平に時季変更権を行使していた
時季変更権の判断基準
本判決は、事業の特性や業務の性質、時季変更権行使の必要性、従業員の被る不利益などを総合的に考慮して、時季変更権の行使が適法かどうかを判断する必要があることを示しています。
特に以下の点は、企業の経営者や人事担当者にとって参考になるでしょう。
- 時季変更権の行使時期は、事業の特性や業務の性質に応じて合理的に設定する必要があります。
- 恒常的な要員不足を避けるため、適切な人員配置と業務量の調整、代替要員の確保策を講じることが重要です。
- 年休使用日を他の休暇に振り替える場合は、労働者に実質的な不利益が生じないよう配慮する必要があります。
- 時季変更権を行使する際は、公平性を確保し、従業員への配慮を怠らないことが求められます。
おわりに
本判決は、新幹線という特殊な業務に関するものですが、その考え方は他の業種にも応用できる部分があります。年休の取り扱いは従業員の権利に関わる重要な問題であり、慎重な対応が求められます。
企業としては、従業員の年休取得権を尊重しつつ、事業の正常な運営との両立を図ることが重要です。そのためには、適切な人員配置や業務の効率化、柔軟な勤務体制の導入など、総合的な取り組みが必要となるでしょう。
本事例を参考に、自社の年休管理体制を見直し、従業員と企業双方にとって望ましい制度づくりを進めていくことをお勧めします。年休の適切な運用は、従業員の働きがいと企業の生産性向上の両立につながる重要な要素です。この機会に、自社の年休制度を再点検してみてはいかがでしょうか。