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定期昇給等の労使慣行が否定された事例
学校法人に勤務する教員らが、平成28年度から令和元年まで定期昇給及び特別昇給が行われなかったことを不服として、東京地裁に訴えを提起しました。教員らは、同法人が労働契約または労使慣行に基づいて定期昇給と特別昇給を行う義務があると主張しましたが、裁判所はその主張を退けました。
(参考:東京地裁(令和5年10月30日)判決)
労使慣行の成立を否定
学校法人は、大学や高等学校、中学校などを設置運営しており、原告たちは教員として勤務していました。また、教員らは中学校・高等学校教職員組合の組合員でした。
学校法人の給与規定には、定期昇給と特別昇給の制度が設けられています。定期昇給は予算の範囲内で毎年4月行うものとされ、平成28年度以前の少なくとも35年にわたって実施されてきました。特別昇給は、勤務成績が特に良好な者に対して、勤続10年ごとの節目に行われています。
しかし、学校法人が赤字を続けている財政状況のため、平成28年度から令和元年にかけて、定期昇給と特別昇給は行われませんでした。これに対し教員らは、学校法人が労働契約または労使慣行に基づき、毎年これらの昇給を行う義務があるにもかかわらずそれを実施していないと主張し、未払い賃金の差額等を求めて訴訟を起こしました。
東京地裁は、労働契約について、定期昇給は「予算の範囲内で行う」と定められ、具体的な内容が定められていないと判断しました。また、これまでの定期昇給は教職員組合との団体交渉を経て行われてきたという事実から、毎年必ず定期昇給を行うことが労働契約の内容になっているとは認められないとしました。
また、労使慣行の成否に関しても、学校法人が昇給停止を通知した後、組合の反対によって撤回された事実や、昇給の不実施または中止の可能性について以前から言及していたこと等から、労使慣行が成立していないと結論付けました。
労使慣行の成立と注意点
労働契約において、職場で長期間繰り返し行われている取扱いが法的に有効となる場合があります。これを労使慣行と呼びます(民法92条)。裁判例によれば、労使慣行として法的効力を持つためには、以下の条件が満たされている必要があります。
- 長期間にわたって反復継続して行われていること
- 労使双方がこれを明確に排除していないこと
- 労使双方の規範意識によって支えられていること
これらの条件を満たす場合、労働者は労働契約上の権利としてその取扱いを求めることが可能になります。一度労使慣行が認められると、長期間にわたり労働関係に拘束力を持ちます。また、変更が必要な場合、双方の合意がない限り、不利益変更として厳しい基準をクリアしなければなりません。
このように労使慣行が認められると、その後の労使トラブルにつながりやすくなるため注意が必要です。労働条件を就業規則等でできるだけ明確にし、就業規則に含めるのが難しい場合は、企業側の方針や取扱いを労働者に明確に伝えることで、労使慣行の成立を防ぐことができます。